明治大学体育会山岳部は、1922(大正11)年に予科山岳会とスキー倶楽部が一つになって生まれ、2022年に創部100周年を迎えました。翌1923年10月には卒業生の会「炉辺会」が設立され、部報『炉辺』や会報『炉辺通信』を通じて、山岳部の歩みを記録し続けています。
このページでは、創部から100年の歴史をたどる記事と、山岳部を支えた部長先生や、登山以外の分野でも足跡を残したOBたちの記事を紹介します。
100年の歩みを通して読む
「100年の歩み」は、創部から2021年までを10の時期に分けて、山岳部の歴史を解説したシリーズです。会報『炉辺通信』の連載「Play back 100年 あの日、あの時」では、歴史の底に埋もれた秘話を掘り起こしています。
100年の歩み1922年〜明治大学山岳部/炉辺会100年の歩み – 明治大学山岳部の歴史を徹底解説!創設期から現在まで、山岳部が歩んできた軌跡をまとめた入口の記事。
Play back2017〜22年「Play back 100年 あの日、あの時」全18回ダイジェスト ―明大山岳部100年の秘話をたどる部歌の誕生から台湾遠征、ヒマラヤへの挑戦まで、連載全18回のあらまし。
炉辺11号2023年MACの100年間を歴史的背景のなかで振り返る – 部長 加藤彰彦山岳部長の加藤彰彦先生が、MACの100年を日本の近現代史のなかで振り返る。
炉辺11号1922年〜目で見るMAC/炉辺会の100年写真で見る山岳部と炉辺会の100年。
- 第1期(1922-28年) 山岳部が誕生するも多難な旅立ち
- 第2期(1929-40年) より高みを目指した胎動期
- 第3期(1941-1944年) 戦時下でぎりぎりの山行、やがて休部へ
- 第4期(1946-1952年) 戦後の再出発を期した苦難の道
- 第5期(1953-1970年) 明暗重なる成長期
- 第6期(1971-1974年) 続発する遭難、低迷から部の再建へ
- 第7期(1975-1984年) 海外への挑戦が続く躍動期
- 第8期(1985-1997年) 悩めるMACと未知へのあくなき挑戦
- 第9期(1998-2011年) 21世紀へ“夢の扉”を開いたプロジェクト
- 第10期(2012-2021年) 山岳部の100年先を見据えて
山岳部の誕生と受け継がれる伝統
創部の2年前、学友会の委員だった米澤秀太郎は、慶應義塾山岳部の伊藤文吉氏に誘われて山スキーの醍醐味を知り、明大にも山岳部を創りたいと願うようになります。米澤がまとめた「山岳部設立趣意書」には、自然への深い敬意と、山を通じて精神を高めようとする当時の学生の思いが込められています。部歌『山男』の誕生や、山岳部から始まったスケート部の歴史など、伝統にまつわる話もあわせてお読みください。
創部1922年明治大学山岳部と炉辺会の設立背景を知る:創設時の趣意書などを紹介!「山岳部設立趣意書」の原文と、山岳部・炉辺会の設立、部室の歴史。
創部1922年明治大学山岳部創設秘話―情熱と仲間が拓いた黎明期の記録ふたつの潮流が一つになった創部と、草創期の苦難。馬場忠三郎の回想記から。
Play back明治大学山岳部の伝統部歌『山男』が生まれるまで部歌『山男』の作詞・作曲をめぐる謎を解き明かす。
Play back1928年槇有恒の講演会が明治大学山岳部にもたらしたもの ―“より高く、より困難へ”のターニング・ポイント槇有恒の講演会が山岳部にもたらした“より高く、より困難へ”の風。
歴史明大スケート部誕生秘話 ―山岳部から始まった100年の歴史山岳部員が立ち上げたスケート倶楽部から、明大スケート部が生まれるまで。
炉辺1号1924年炉辺にて – 神宮徳寿 部長|『炉辺』第1号(1924年)部報『炉辺』の誌名の由来となった、神宮徳寿部長の巻頭言。
山岳部を支えた部長先生たち
山岳部では、部長を務める教授を親しみを込めて「部長先生」と呼んできました。100年の間に15名の部長先生が、部員会や合宿の検討会に出席し、ときに叱咤し、ときに励まして山岳部を導いてきました。
- 明治大学初代山岳部長・大谷美隆の功績と絆 (任期:1922年8月~1924年3月)
- “クソ(苦素)”と呼ばれた明大山岳部長・神宮徳壽の軌跡と功績
- 軍人部長が築いた絆と改革 – 明大山岳部を変えた摺澤少佐の功績
- 二度にわたり山岳部を牽引してくれた岳人教授 – 第4代山岳部長 神宮徳壽教授
- 近代スポーツの父・春日井薫:明大山岳部に刻んだ情熱と教育理念
- 太田直重先生、山岳部長就任とその背景 ~ 異色の理数科教授 ~
- 9年間の献身:第7代山岳部長 末光績が明治大学山岳部に残した功績
- 『気持ちで負けるな』: 第8代山岳部部長 小島憲が語る戦後山岳部再建の秘話
- 『伝統は尊い、伝統を継ぐものはなお尊い』明大山岳部と泉靖一の歩んだ道
- 自然に帰れ|明大山岳部を導いた孤高の第10代山岳部長 三潴信吾の哲学
- 第11代山岳部長 渡辺操 : 三度の遭難、二度の海外遠征と、苦楽をともにした部長人生
- 困難を乗り越えた明大山岳部の再建|木村礎部長
- 第13代山岳部長 小疇 尚: 四半世紀にわたりご指導いただいた、氷河地形研究のプロ
- 第14代山岳部長 飯田年穂: 本場アルプスで登山を実践するクライマー教授
- 第15代山岳部長 加藤 彰彦: 現役部長として新たなMACを構築中
山の外でも道を拓いたOBたち
この100年で山岳部に入部した学生は400人を超えます。山の奥深さに魅せられたOBのなかには、民俗学や自然保護、絵画、山岳映像などの分野で足跡を残した人が数多くいます。研究や調査に生きたOBは「山の研究・学術調査」のまとめで紹介しています。
まとめ明治大学山岳部&炉辺会 – 登山以外の活動史まとめ民俗学、研究・調査、自然保護、絵画、山岳映像。登山以外の分野で活躍したOBたち。
人物高橋文太郎(昭和2年卒)- 習俗や伝承を調べた孤高の民俗学者習俗や伝承を調べた民俗学者・高橋文太郎(昭和2年卒)。
人物赤星 昌(昭和7年卒)- 屋久島の自然保護を訴えた熱血漢屋久島の自然保護を訴えた赤星昌(昭和7年卒)。
人物根深 誠(昭和45年卒)- 白神山地の自然保護に捧げた半生白神山地の林道建設に反対し、ブナの森を守った根深誠(昭和45年卒)。
人物竹内重雄(昭和8年卒)- 大正時代の風俗画を遺した異色の山岳部OB大正時代の風俗画を遺した竹内重雄(昭和8年卒)。
人物谷山宏典(平成13年卒)- 8000m峰サミッターからライターへ転進8000m峰サミッターからライターへ転じた谷山宏典(平成13年卒)。
特集【特集】植村直己 ―明治大学山岳部OB、世界の頂と極地への足跡山岳部時代からデナリまで、植村直己(昭和39年卒)の足跡をたどる特集。
人物植村直己と太田垣志郎 ―ふたりの但馬人を結ぶ黒四ダム同郷・同窓の植村直己と太田垣志郎を結ぶ黒四ダムのトンネル。
歴代の主将・監督・会長
山岳部を率いた歴代の主将と監督、炉辺会の歴代会長は、それぞれの一覧にまとめています。
会員限定の記事
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- 創部100周年記念事業 顛末記 – 河野照行(昭和48年卒)(会員限定)
- 10年間の歩み – MACこの10年間(2012年度~2021年度)の記録(会員限定)
- 部日誌 – MACこの10年間(2012年度~2021年度)の記録(会員限定)
- 炉辺会日誌 – MACこの10年間(2012年度~2021年度)の記録(会員限定)
- 信州の「かたっこ」奥原教永 – 秋山光男(談)(会員限定)
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現役の明治大学体育会山岳部の活動は、学生が運営する公式サイトでご覧いただけます。





















