MAC・炉辺会– category –
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植村直己冒険の軌跡 ヤマケイ文庫
『植村直己の冒険の軌跡』は、月刊誌「山と渓谷」の1977年1月号から12月号に連載された「植村直己物語 どんぐり地球を駆ける」をもとに、対談や略歴を加え、1978年6月に刊行された。この単行本が発行されたのは、植村直己が1984年にマッキンリー(現在のデ... -
明治大学体育会山岳部OB・OG会の会報『炉辺通信』 – バックナンバーと目次のご紹介
炉辺通信の役割 炉辺通信は、明治大学体育会山岳部のOB・OG会「炉辺会」が発行する会報誌で、1963年(昭和38年)に創刊されました。現在は200号を超え、会員同士の親睦や情報共有の場として、長年にわたり重要な役割を果たしています。炉辺通信の主な記... -
炉辺会ウェブサイトのサイトマップ
山岳部&炉辺会について知る お知らせ 炉辺通信 山岳部と炉辺会の創立 設立趣意書 / 山岳部設立 /部室の歴史 / ろばた会の創立 / 機関誌「ろばた」発行 山岳部/炉辺会100年の歩み 第1期 山岳部が誕生するも多難な旅立ち 第2期 より高みを目指した胎動... -
第15代山岳部長 加藤 彰彦: 現役部長として新たなMACを構築中
加藤彰彦先生の肖像 - 高校山岳部で鍛えた山男部長 - 高校(都立西高校)時代に山三昧の高校生活を送った加藤彰彦(かとう あきひこ)先生が、第15代の山岳部長に就任する。加藤先生は早稲田大学、同大学院を卒業され、3年ほど銀行に務めた後、本学政治... -
第14代山岳部長 飯田年穂: 本場アルプスで登山を実践するクライマー教授
フランス文化に造詣が深く、海外山岳書をはじめフランス書籍の翻訳、また、自らも執筆する飯田年穂(いいだ としほ)先生が山岳部長に就く。飯田部長は1948(昭和23年)東京生まれで、戦後生まれの先生が初めて山岳部長に就いた。飯田先生は1971(昭和... -
第13代山岳部長 小疇 尚: 四半世紀にわたりご指導いただいた、氷河地形研究のプロ
小疇先生の肖像 山岳部長に昭和生まれ、46歳という若い先生を迎えた。なおかつ専門は地理学で、高山や寒冷地を研究し、山にも積極的に登る小疇尚(こあぜ たかし)先生である。 こうした極地や高山など幅広く研究する先生が、学内の文学部にいること... -
困難を乗り越えた明大山岳部の再建|木村礎先生が示した3つの約束「遭難しない、退部しない、卒業する」
木村礎先生の肖像。画像出典: 明治大学デジタルアーカイブ 木村礎(きむら もとい)先生は学園紛争の嵐が吹き荒れる1970(昭和45年)4月、前任の渡辺操先生が亡くなられて1ヶ月のち、山岳部長に就いた。このとき先生は、大学改革の準備委員会委員長とし... -
第11代山岳部長 渡辺操 : 三度の遭難、二度の海外遠征と、苦楽をともにした部長人生
戦後初めての小島憲部長以来、久しぶりに母校の先輩が山岳部長に就く。前任の三潴信吾先生が急遽、明大を去ることになり、明大出身の専任教授である渡辺操(わたなべ みさお)先生が1957(昭和32年)3月に就任する。渡辺先生が山岳部長に就くやいなや山... -
自然に帰れ|明大山岳部を導いた孤高の第10代山岳部長 三潴信吾の哲学
- “人の和”を説き、正義感に富んだ孤高の先生 - 1953(昭和28年)4月、第10代の山岳部長として三潴信吾(みつま しんご)教授が就任する。三潴先生は1937(同12)年に東京高等学校を卒業したのち、1941(同16年)3月に東京帝国大学法学部を卒業、4月よ... -
『伝統は尊い、伝統を継ぐものはなお尊い』明大山岳部と泉靖一の歩んだ道
泉 靖一の肖像。画像出典:読売新聞オンライン – 大学山岳部出身の先生が、縁あって山岳部長に着任- 戦後復興が動き出した1949(昭和24)年、大学山岳部出身の部長先生が、明大山岳部に初めて着任した。泉靖一(いずみ せいいち)先生は小学生のとき、父...