炉辺にて – 神宮徳寿 部長|『炉辺』第1号(1924年)

『炉辺』第1号の表紙と扉
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この記事について

『炉辺』第1号(1924年)掲載(全13編のうち1編目)。号全体の紹介と目次は『炉辺』第1号(1924年) ダイジェストをご覧ください。本文中の〔?〕は読みに自信のない語句(人名・地名は原文の表記から推定した現在の表記)、〔判読不能〕は原本が読めない箇所、そのほかの〔 〕は編者の補足です(いずれも原文にはありません)。

目次

詩

あなたは高められたいと願うとき、上を見上げる。
私はすでに高められているから、下を見下ろす。
あなたがたのうち誰が、笑いながら、同時に高められていることができるだろうか。
最も高い山に登る者は、あらゆる悲劇も、悲劇めいた現実も、笑い飛ばすのだ。

    ——ニーチェ『ツァラトゥストラ』第一部より

炉辺にて – 神宮徳寿 部長

Auf der Höhe ist die Freiheit.(高みにこそ自由がある)

わが山岳部の雑誌が生まれた。委員諸君の労をねぎらうとともに、今後も骨を折ってくれるよう願ってやまない。

この雑誌は「炉辺」と名付けられた。まことに、私たちは炉辺で育ってきた。夏山へ行けばキャンプのそばに、山小屋の中に、冬山へ向かえば雪に埋もれた岩の陰に、いつも炉が用意される。さらにスキー合宿の朝夕の炉辺の暮らしは、私たち山仲間にとってこの上ない楽しみである。高い峰に自由と解放があるとすれば、低い炉辺には平和と祝福が漂っている。炉辺での付き合いは、たとえ道徳的に見れば感心できない話題に満ちていることが多いとしても、確かに私たちに平和を与えてくれる。少なくとも、都会でかしこまって聞かされる高尚な真理よりもずっと、私たちを和ませ、力づけ、人生の道をより正しく歩む勇者として送り出してくれる。古代ゲルマン民族は炉辺で発展したというが、私たち山の仲間も、過去も現在も未来も、いつも炉辺に育ち、炉辺に慰められているのである。

私たちの生活は単純だ。「思い邪(よこしま)なし」が私たちのモットーである。晴れた日には高みに登り、まぶしい陽の光を浴びて、太陽神ヘリオスの限りない愛撫を存分に受ける。夜になって炉辺へ帰れば、解き放たれた赤ん坊のように無邪気に談笑しながら、ウェスタ〔?〕の昔をしのぶ。人生は悩みが多い。だからこそ人は生きていけるのだ。

炉辺で談笑し、高い峰でリュックサックを枕にしてこそ、古代ローマ人のいう「人は人にとって友である(Homo homini amicus)」の本当の味わいを楽しむことができる。年の瀬の今、街頭に立てば、行き交う人のなんと忙しいことか。なんと人間味に乏しいことか。山へ行け、炉辺へ来たれ。そこにはあふれんばかりの人間味がある。それなのに俗事に追われて、山や炉辺の楽しさを味わう機会をつかめず、私たちが折にふれて語る言葉にも耳を傾けない人がいる。そういう人こそ哀れである。

似た者こそが似た者を知る。山へ行き、炉辺に来てこそ、その本当の味わいがわかるのである。

世の中は広い。人に楽しみと力を与えてくれるものは少なくない。しかし、いつでもどこでもそういうものに出会えるとは限らない。雪が降り、冷気が天地を包む今こそ、まさにスキーツーリストの天下である。背にリュック、両手にストック、足にスキーをつけて雪山を行くとき、シュッ、シュッと鳴る音こそ、私たちが憧れてやまないものだ。

学期末の忙しさの中でこの一文を書かされている私には、関温泉のスキー小屋の、炉辺の静かな暖かさが思い出されてならない。キツネやタヌキや山猫の騒々しさ、その合間に聞こえる馬のいななき。ああ、東京が嫌になる。


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出典:『炉辺』第1号(明治大学山岳会、1924〔大正13〕年12月20日発行、編集:塚本強・上田謙之助、印刷:佐藤兄弟商会)。原本のスキャンから書き起こし、現代語に改めました。誤読・誤記にお気づきの方はお知らせください。

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