四月の白馬岳 – 遠藤久三郎|『炉辺』第1号(1924年)

『炉辺』第1号の表紙と扉
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この記事について

『炉辺』第1号(1924年)掲載(全13編のうち3編目)。号全体の紹介と目次は『炉辺』第1号(1924年) ダイジェストをご覧ください。本文中の〔?〕は読みに自信のない語句(人名・地名は原文の表記から推定した現在の表記)、〔判読不能〕は原本が読めない箇所、そのほかの〔 〕は編者の補足です(いずれも原文にはありません)。

四月といえば、都では花見だ月見だとどんちゃん騒ぎだ。その騒ぎの中から、人里離れた山奥へ白く美しく咲く雪の花を見物に行こうという物好きが、なんと三人もそろった。

雪見も近ごろは豪勢になって、ザックいっぱいに酒と肴を詰め、上機嫌で四ツ谷からぼつぼつ山道に入った。どっこいしょと腰を下ろしたのが猿倉だ。途中、ウグイスのホーホケキョにもずいぶん耳をくすぐられた。予定どおり猿倉には小屋があった。しかし潰れていて、使うのにずいぶん苦労した。都では屋根裏住まいはお手のものだったが、猿倉の小屋はまるで勝手が違って困った。天井が低くて中腰でしかいられない。それでも慣れっこだ。屋根に煙抜きの穴をあけた。夜の寒さは真冬のようだ。寝袋から顔だけ出して眺める月は、ことのほか寒い。

猿倉から頂上までの一日は、あまりに楽すぎる感じがする。三月から四月にかけての大雪渓の雪崩は実にすばらしく痛快なもので、白馬に雪崩がなかったら、それこそあっけないものだろう。雪崩があるからこそ少し面白いのであって、ただ頂上へ行くだけなら、杓子岳の方からでも、右手の大池の方からでも、好きなようにルートを取ればよい。同じ猿倉方面から入るにしてもそうだ。

大雪渓は雪崩の多いところだ。だから猿倉に陣取れば、雪崩の面白さをかなり味わえると思う。雪崩はそれだけでもひとつの大きな研究テーマなのだから。杓子岳から猿倉に向かって落ちてくる大きなやつが、少し小高いところで二手に分かれる様子などは、とても想像がつかない。正月ごろなら、新雪の雪崩が雪煙を宙に飛ばして走るさまも見られるだろう。

とにかく白馬へ行くなら、白い本物の馬〔雪形のことか〕を見たい。それに、ある程度雪の知識があれば、面白さを倍にすることができると思う。たとえ本で得た知識だけでもだ。

スキーとしては、いくら考えても練習場とは比べものにならない。ちょうど〔判読不能〕のジャンプ台の上と下ほどの差があるだろうか。小屋を中心とした滑走でも、山スキーの面白さは十分に味わえると思う。ただし林の中である。

大雪渓、小雪渓の滑走は実に痛快だ。私のスキー人生の中でも忘れられない記憶になるだろう。私だけでなく、白馬の雪渓にスキーを走らせた人はたいてい同じ思いだろう。

小雪渓から大雪渓への下りは短時間である。しかし雪の変化につれてスキーの滑る音が変わるのは、決して短い時間のことには感じられない。その音が気圧の変化にあまりに大きく影響されているからだ。短時間で気圧計の針が上下するのもまた面白い。

登りの苦しさから解放され、下り着いてお互いに顔を見合わせ、無事を喜び合う握手は、何とも言えずまた登りたいという気持ちにさせてくれる。


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出典:『炉辺』第1号(明治大学山岳会、1924〔大正13〕年12月20日発行、編集:塚本強・上田謙之助、印刷:佐藤兄弟商会)。原本のスキャンから書き起こし、現代語に改めました。誤読・誤記にお気づきの方はお知らせください。

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