特別企画展の案内:「植村直己・わが青春の山岳部」

植村直己著『極北に駆ける』- エスキモー文化との融合と過酷な冒険の記録

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 植村直己著『極北を駆ける』は、同氏が執筆した第二作目の著書である。4年半にわたる放浪生活から帰国した植村氏は、『冒険家・植村直己』として広くその名を知られる存在となっていた。その5年後、山岳から極地への挑戦へと軸足を移した第一歩として、グリーンランドでの冒険を描いたのが本書である。

 本作は、極寒の地グリーンランドにおいてエスキモー文化に溶け込み、犬ぞり技術を習得し、単独で3000キロを走破するという壮大な冒険の記録である。本書は単なる冒険記にとどまらず、異文化理解と極限状態における人間の強さを深く掘り下げた内容であり、読む者の心を強く惹きつける力を持っている。

目次

本の概要

内容紹介5大大陸の最高峰を極めた植村直己が次に目指したものは、南極大陸の犬ゾリによる単独横断であった。その可能性を確かめるために、彼は世界最北の「シオラパルク」で1年を過ごす。異文化との触れあいのなかで、とまどいながらもたくましく生き続けた1年間を生き生きと描いたノンフィクション。
目次ポーラー・エスキモーを見つけた / 極北に生きるひとびと / エスキモーとの狩猟生活 / 私の犬橇訓練計画 / 犬橇単独行3000キロ /さようならシオラパルク
発行年月2011年2月
出版社山と溪谷社
著者植村 直己(うえむら なおみ):1941(昭和16)年、兵庫県生まれ。明治大学卒。日本人初のエベレスト登頂をふくめ、世界で初めて五大陸最高峰に登頂する。南極を犬ぞりで横断することを目標に、72~73年地球最北端の村シオラパルクにて極地トレーニング。76年には2年がかりで北極圏1万2000キロの単独犬ぞり旅を達成、78年には犬ぞりでの北極点単独行とグリーンランド縦断に成功。その偉業に対し菊池寛賞、英国のバラー・イン・スポーツ賞が贈られた

エスキモー文化との出会いと驚き

 物語の前半では、植村さんが極北のシオラパルクのエスキモー部落に溶け込んでいく過程が描かれている。犬ぞり技術を学ぶためとはいえ、そこに寝泊まりし、食文化や生活習慣、価値観まで体験する姿勢はさすが植村さんだと言える。特に、生肉を食べる場面の描写は衝撃的で、読む側も思わず「ウェッ」となりそうなリアルさがある。

 それでも、そうした異文化の洗礼を受けながら、植村さんは次第にエスキモーの人々と心を通わせていき、彼らの生活に溶け込んでいく。エスキモーたちの飾らない考え方や生活の知恵、そして酒への独特な向き合い方(酒好きが高じて酒の販売量が規制されているという逸話)、性習慣など、本書には興味深いエピソードが詰まっている。エスキモー文化を知る手がかりとしても、この本は非常に貴重な資料だと言える。

犬ぞり技術取得と3000キロの挑戦

 中盤では、植村さんが犬ぞり技術を修得していく様子が描かれている。犬たちと心を通わせながら厳しい訓練を重ねる過程は、エスキモーとの生活を通じて培った適応力の成果と言える。そして後半、ついに犬ぞり単独行3000キロの冒険へと旅立つ。

犬ぞり技術をマスターすることがシオラパルク滞在中の大きな課題であった。画像出典:山と渓谷社『極北に駆ける』

 後半の単独行の章では、2月4日の出発から4月30日までの日記形式で冒険が綴られていて、読者はまるで植村さんと共に旅をしているかのような感覚になる。乱氷郡を犬ぞりで疾走したり、犬の体調不良に直面したり、海水への水没の危機や復路での食料不足に苦しんだりと、極限状態でのリアルな困難が次々に描かれる。特に、魚釣りに出かけている間に犬に食料をすべて食べられてしまったものの、なんとか危機を乗り越えるシーンは手に汗握る展開だ。

10ヶ月の大山期間中、犬ぞりでの全走行距離は延べ6000kmにも及んだ。画像出典:山と渓谷社『極北に駆ける』

気候変動への警鐘

 興味深いことに、植村さんが通ったルートは、現在では氷が溶けてしまい犬ぞりで移動できないと言われている。気候変動や温暖化が極地の文化や生活様式にどれだけ大きな影響を与えているのかを考えさせられる点でも、この本は現代において重要な記録だと言える。

まとめ

『極北を駆ける』は、冒険記でありながらエスキモー文化を深く掘り下げた作品だ。植村直己という稀有な冒険家の視点を通じて、異文化に対する敬意や、極限状況での忍耐力と創意工夫の大切さを学ぶことができる。この本は、冒険や旅行記が好きな人はもちろん、文化や人間の生き方に興味がある人にも強くお勧めしたい一冊だ。

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