特別企画展の案内:「植村直己・わが青春の山岳部」

植村直己『青春を山に賭けて』―若き冒険者の息吹と情熱

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 植村直己の処女作『青春を山に賭けて』は、そのタイトルが示す通り、若き青春の日々を山に捧げた男の生き様が生々しく描かれた一冊。彼の登山家・冒険家としてのキャリアの初期を追体験できる本書は、大学山岳部時代から1971年に挑戦したヨーロッパアルプスの「地獄の壁」グランド・ジョラスまで、彼が登った数々の山々とチャレンジ、その背後にある冒険心、葛藤、喜びが描かれています。また、1970年の日本人初のエベレスト登頂という偉業も含まれており、彼の人生を語るうえで欠かせない瞬間が鮮やかに蘇ります。

目次

本の概要

内容紹介家の手伝いからは逃げ、学校ではイタズラばかりしていた少年は、大学へ進んで、美しい山々と出会った。大学時代、ドングリとあだ名されていた著者は、100ドルだけを手に日本を脱出し、さまざまな苦難のすえ、夢の五大陸最高峰登頂を達成する。アマゾンのイカダ下りもふくむ、そのケタはずれな世界放浪記。
目次青春の日々 / 山へのプロローグ / アルプスの岩と雪 / 朝焼けのゴジュンバ・カン / マッターホルンの黒い十字架 / アフリカの白い塔 / 忘れ得ぬ人々 / アンデス山脈の主峰 /六十日間アマゾンイカダ下り / 王者エベレスト / 五大陸最高峰を踏破 / 地獄の壁グランド・ジョラス
発行年月2008年07月
出版社文藝春秋
著者植村 直己(うえむら なおみ):1941(昭和16)年、兵庫県生まれ。明治大学卒。日本人初のエベレスト登頂をふくめ、世界で初めて五大陸最高峰に登頂する。76年に2年がかりの北極圏1万2000キロの単独犬ぞり旅を達成。78年には犬ぞりでの北極点単独行とグリーンランド縦断に成功。その偉業に対し菊池寛賞、英国のバラー・イン・スポーツ賞が贈られた。南極大陸犬ぞり横断を夢にしたまま、84年2月、北米マッキンリーに冬期単独登頂後、消息を絶った。夢と勇気に満ちた生涯に国民栄誉賞受賞

若々しい筆致と情熱の物語

 本書の大きな魅力は、植村直己自身が初めて世に放った文章から感じられる「若々しさ」にあります。処女作ならではの素直な文体は、彼の内面を覗き見るような親しみやすさをもたらし、読者をぐいぐいと物語に引き込んでいきます。文章は決して洗練されすぎておらず、その分、挑戦の高揚感や恐怖、失敗の悔しさがリアルに伝わります。この未完成さこそが、若き冒険者の真剣な姿勢とともに、読者に強く響きます。

ゴジュンバ・カン挑戦の激闘

 特に心に残るエピソードのひとつが、ヒマラヤ山脈に位置する未踏峰ゴジュンバ・カンⅡ峰(7646m)への挑戦です。植村はシェルパのペンパテンジンとともに、この難峰に挑みました。頂上までの道のりは極めて過酷であり、特に最後の登頂部分では二人で12時間に及ぶ激闘を繰り広げます。このエピソードからは、山が容赦なく人間を試し、時に極限まで追い詰める存在であることが強く伝わってきます。それでも植村たちはその試練を乗り越え、ついに頂上をものにしました。

「臆病」と「大胆」の狭間で

 植村直己を語る上で、彼の「臆病さ」と「大胆さ」という相反する性格は非常に興味深い要素です。彼自身も本書の中で、困難な登攀に直面するたびに恐怖心と戦っている様子を赤裸々に描いています。普通の人であれば尻込みしてしまうような状況に直面しても、彼はその臆病さを抱えたまま一歩を踏み出す。それが、登山家としての大胆な挑戦を可能にしているのです。この臆病さを隠さず書き記したことで、本書はより一層、彼の人間味を感じさせるものになっています。

アフリカで「男」になった話

 本書の中でも特に印象的なのが、アフリカでのエピソードです。彼がアフリカを旅していた際、とあるナンユキのナイトクラブで「男になる」という経験をしたことは、多くの読者に強い印象を与えるエピソードとして知られています。野性味あふれるアフリカの地で、自分の未熟さを痛感しながらも、それを乗り越える中で成長していく姿は、登山に挑む彼の精神性にも通じるものがあります。

山が教えてくれるもの

 『青春を山に賭けて』は、単なる冒険記や登山記を超えた作品です。山岳部での活動やエベレスト登頂といった具体的な挑戦が描かれる一方で、彼が山から学び取ったもの、すなわち人生の教訓や哲学が、さりげなくも確実に伝わってきます。山と向き合う中で生じる自己対話や、自然の厳しさが教えてくれる謙虚さ――そうした要素がこの本の奥深さを形成しているのです。

若き冒険者の熱量を感じたい人へ

 本書を読み終えたとき、読者はきっと、植村直己という人物の「熱量」に圧倒されることでしょう。彼の挑戦は、決して華やかなものばかりではありません。時には恐怖や孤独に打ちひしがれ、失敗や後悔も味わいながら、それでも彼は挑み続けます。その姿には、青春のすべてを山に賭けた男の強さと弱さが混在しており、それが多くの人々の共感を呼び起こすのです。

 植村直己の世界に初めて触れる方にも、彼の後の作品を読んだ方にも、『青春を山に賭けて』はぜひ手に取ってほしい一冊です。その若々しい情熱と冒険心は、私たちに新しい挑戦の意欲を呼び覚ましてくれるでしょう。

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