特別企画展の案内:「植村直己・わが青春の山岳部」

谷山宏典(平成13年卒)- 8000m峰サミッターからライターへ転進

  • URLをコピーしました!

 愛知県立時習館高校を卒業した谷山宏典は、文学部史学地理学科に入学し、新天地での大学生活に胸躍らせた。高校時代も山岳部に所属していた彼は、「冬山に登ってみたい」という単純な動機で山岳部の扉を叩いた。

 入部した1997(平成9)年は、MACと炉辺会が8000m峰マナスルの遠征で盛り上がりを見せていた。ところが、マナスル登頂という明るい話題の反面、翌年以降に母体の山岳部は部員構成に安定さを欠くようになり、その先に暗いトンネルが待ち構えていることなど知る由もなかった。

 新世紀を迎える1年前の2000(平成12)年度は、主将の谷山と主務の早坂史郎の2人に部の運営が託された。年度当初、4年生2名、2年生6名(マネージャー1名含む)、1年生6名という態勢で始まり、部活動の中核となる3年生が不在のため2年生の負担が重くなった。そこで、翌年は変則態勢になることを念頭に、谷山主将は「21世紀に向けたチーム作り」を年度方針に掲げて活動を開始した。

 ところが、上級生合宿、6月上級生合宿と2年生の滑落事故が続き、2年生が相次いで退部。1年生も合宿ごとに数が減り、冬山合宿後には全員が退部し、2年生2名のみが残る最悪の事態に陥ってしまった。結果、4年生2名、2年生2名の上級生4名だけとなり、部員減少問題と山岳部のあり方を突き付けられる4年間となった。

 卒業した谷山は、ドリーム・プロジェクトの幕明けとなるガッシャーブルムⅠ・Ⅱ峰登山隊に参加する。当初は、就職のこと、生活のこと、卒業後にやりたいことなどが交錯し、初めての海外遠征との狭間で心が揺れ動いたが、悩んだ末に学生時代をともに過ごしたメンバーと8000m峰に挑むのがベスト、と参加を決意する。

 初めての高所に苦労しながらも、まずは最初の目標であるGⅡに登頂。しかし、GⅠに向けての登山活動終盤、学生時代からの持病であった“不整脈”が谷山に襲いかかる。GⅠ登頂まで“不整脈”の不安に押しつぶされそうな谷山の気持ちを支えたのは、この登山隊に参加を決めたときと同じ、学生時代をともに過ごしたメンバーと2つのピークに必ず立つという強い信念だった。

 最初の発作が起こったとき、彼の登山活動は目的を達しないまま終わる可能性もあっただけに、8000m峰の2つの頂に立ったときは、「人生で最高の瞬間だった」と述懐している。こうして学生時代から初の海外遠征までの5年間は、まさに“谷あり山あり”で、その後、自らを育ててくれた山岳部のコーチとして後進の指導に当たっている。

 コーチに専念しながら、谷山は編集プロダクションに勤め、雑誌の編集やライターの修業に勤しんだ。そのデビュー作は、自らも登頂した記録を載せる**『登頂八〇〇〇メートル~明治大学山岳部 14座完登の軌跡』**(山と溪谷社)の出版であった。先輩の節田重節(昭和40年卒)と米山芳樹(同58年卒)の2人の協力を得て、山岳部創部80周年記念のドリーム・プロジェクトというメイン・イベントの登山を一冊にまとめ上げた。

『登頂八〇〇〇メートル』の書影

 緻密な取材と多くの資料を取り揃え、谷山流の編集で仕上げた功績は称賛に値する。この本の「あとがき」に谷山は、「本書を書くことは、結局、僕の心にぽっかりと空いたそんな寂しさを埋めるためであったのかもしれない。ヒマラヤという大自然の中で激しく生きた若者たちの姿を、70年の植村さんに始まる33年間の青春群像を描き切ることが、“登る”という行為ではなく、“書く”ことを選んだ自分にとっての14座完登だ、と考えていた」と、書くことを仕事として選んだ心模様を吐露している。

イギリスの登山家、クリス・ボニントン(中央)へのインタビューを終えて、記念写真に収まる谷山会員(左)

 執筆や編集のスキルを身に付けた谷山は、炉辺会の会報「炉辺通信」の編集、発行に手腕を発揮する。また、植村直己冒険館が定期発行する機関誌「アドベンチャー・フォーラム」に、山岳部の先輩・植村直己に関する取材原稿をはじめ、『山と溪谷』をはじめとした山岳・登山雑誌に記事を執筆するなど多忙な日々を送った。

 その後、精進を積んだ彼は、2009(平成21)年からフリーのライターとして独り立ちし、現在の登山動向から自然界や山岳界の課題にペンを走らせる。後記した「執筆文および著書一覧表」を見ていただくと、その全体像が浮かんでくると思う。

 前記した第1作から13年後の2018(平成30)年12月、山形の鷹匠の半生を綴った**『鷹と生きる~鷹使い・松原英俊の半生』**(山と溪谷社)を出版する。鷹使いになる夢を貫き通した鷹匠の半生をまとめた人間ドキュメントで、クマタカを使って実猟するただ一人の鷹匠を通して、自然と人間がどう共生していくのかを取り上げた、渾身の一冊である。

 翌年、2019(平成31)年7月には山と溪谷社より**『ドキュメント豪雨災害』**を世に送る。きっかけは、前年の2018年7月に起こった14府県で死者200人を超える西日本豪雨であった。

 谷山のスピード感ある取材、執筆に驚かされる。彼は被災現場に足を運び、豪雨の恐ろしさをはじめ、被害が広がった要因などを取材し、被災地区の事例をドキュメント風にレポートした。

 昨今、「線状降水帯」や「記録的短時間大雨情報」など新しい言葉が登場し、一般住民へ注意喚起や避難を呼び掛けている。この本は“自然災害”という分野に取り組んだ彼の並々ならぬ意欲が伝わると同時に、豪雨災害から身を守るサバイバルのための一冊にもなっている。

 その後、谷山は“自然災害”でも積雪期における“雪崩事故”をテーマとした書籍の編集に携わる。特定非営利法人・日本雪崩ネットワークの出川あずさ氏が国内で発生した雪崩事故の記録を網羅してまとめた事例集**『雪崩事故事例集190』**(山と溪谷社、2021年1月刊)であり、登山経験豊富な谷山が編集作業に協力した。

 こうして谷山宏典は登山での経験をベースに、様々な視点から新たなテーマに挑んで筆を走らせている。成熟期を迎えた彼の、これからの活躍に期待したい。

目次

執筆文および著書一覧表

執筆文および著書掲載誌および出版社発行年月日
登頂八〇〇〇メートル
~明治大学山岳部14座完登の軌跡
山と溪谷社2005年8月1日
地球規模で広がる放浪植村直己冒険館「アドベンチャー・フォーラム」27号2008年7月
日本人初世界最高峰の頂を極める植村直己冒険館「アドベンチャー・フォーラム」28号2008年 9 月
グランド・ジョラス北壁とエベレスト南壁2つの〝垂壁〟に挑む植村直己冒険館「アドベンチャー・フォーラム」29号2009年2月
南極への始動日本列島3000キロを徒歩で横断植村直己冒険館「アドベンチャー・フォーラム」30号2009年7月
山を愛する若き人々へクリス・ボニントンインタビュー「ヤマケイJOY」76号2009年10月1日
グリーンランド最北の村・シオラパルクで犬ぞり修業植村直己冒険館「アドベンチャー・フォーラム」31号2009年11月
次田経雄穂高こそわが青春、わが人生『山と溪谷』898号2010年2月1日
特別企画:アタック大作戦!中央アルプス・南駒ヶ岳『山と溪谷』899号2010年3月1日
どんぐり、結婚する植村直己冒険館「アドベンチャー・フォーラム」32号2010年 3 月
北極圏1万2000キロたった一人で犬橇の旅(前編)植村直己冒険館「アドベンチャー・フォーラム」33号2010年7月
果ての山小屋雲ノ平山荘半世紀の歩み『山と溪谷』904号2010年8月1日
秋山に潜むリスクを八ヶ岳で実体験ルポ『山と溪谷』905号2010年9月1日
北極圏1万2000キロたった一人で犬橇の旅(後編)植村直己冒険館「アドベンチャー・フォーラム」34号2010年10月
北極点・グリーンランド犬橇単独行植村直己冒険館「アドベンチャー・フォーラム」35号2011年2月号
救助ヘリコプター有料化問題の是非『山と溪谷』910号2011年2月1日
日本の山岳ガイド制度の現在と未来~日本山岳ガイド協会がめざすもの~『山と溪谷』916号2011年8月1日
岩壁登攀者たちの青春谷川岳一ノ倉沢登攀史『山と溪谷』917号2011年9月1日
32年間の短くも濃密な人生がここに
加藤慶信遺稿・追悼集『ともに、あの頂
へ』刊行
『岳人』776号2012年1月14日
特集:8000m峰登山の世界
8000m峰で活躍した名登山家たち/
8000m峰登山の〝今〟/商業公募隊で世
界最高峰へ
『山と溪谷』923号2012年3月1日
山歩のひとスティーブ・ハウス『山歩みち』9号2012年10月30日
山歩のひと竹内洋岳『山歩みち』10号2013年1月30日
登攀界の今。資格と展望
フリークライミング・インストラクター
資格制度が4月から本格スタート
『岳人』790号2013年3月15日
山歩のひとレオ・ホールディング『山歩みち』12号2013年8月30日
今月の一冊塩野米松・著『登頂竹内洋岳』「聞き書きの名手が引き出した登山家の想い」『山と溪谷』941号2013年9月1日
スキルアップのための山選び『山と溪谷』945号2014年1月1日
〝疲労〟によって発生した遭難事例『山と溪谷』947号2014年3月1日
日本の登山史を支えたザックメーカー
「片桐」百年の歩み
『山と溪谷』949号2014年5月1日
山歩のひとピーター・ヒラリー『山歩みち』16号2014年8月30日
〝先輩〟植村さんの夢と情熱季刊『明治』64号2014年10月15日
山歩のひとミック・ファウラー『山歩みち』17号2014年10月30日
山登りABC雪山入門(ワンダーフォーゲル編集部・編)【共同執筆】山と溪谷社2014年11月5日
モンベル7つの決断アウトドアビジネスの舞台裏(辰野勇・著)【構成】山と溪谷社2014年11月5日
ドキュメント御嶽山大噴火(山と溪谷社・編)【共同執筆】山と溪谷社2014年12月15日
山歩のひと近藤謙司『山歩みち』19号2015年4月30日
絶景パノラマを目の前に常念岳から蝶ヶ岳縦走『山と溪』」961号2015年5月1日
山歩のひと山本正嘉『山歩みち』21号2015年10月30日
雪山の歩行技術/テントに泊まってみよう!『ワンダーフォーゲル』117号2015年12月1日
山岳救助隊員が語る遭難現場の〝今〟『山と溪谷』970号2016年2月1日
山登りABC難所の歩き方山と溪谷社2016年7月5日
実践編:地図読み山行を実践!『山と溪谷』977号2016年9月1日
第1回「山の日」記念全国大会長野県松本市にて開催!『山と溪谷』979号2016年11月1日
遥かなり、仙丈ヶ岳ラッセルと烈風を越えて『山と溪谷』980号2016年12月1日
映画『MERU/メルー』に刻まれた、もうひとつの挑戦ジミー・チン、来日インタビュー『山と溪谷』982号2017年2月1日
山にもインバウンドの波。各地で進む外国人登山者への対応『山と溪谷』987号2017年7月1日
山歩のひと佐々木大輔『山歩みち』27号2017年11月20日
人工衛星による測量で三角点がなくなる!?『山と溪谷』999号2018年7月1日
映画と音楽で山と人間の関係性を描き出す映画『クレイジー・フォー・マウンテン』今月公開『山と溪谷』1000号2018年8月1日
鷹と生きる鷹使い・松原英俊の半生山と溪谷社2018年12月25日
ドキュメント豪雨災害山と溪谷社2019年7月5日
ヤマケイ登山学校雪山登山(天野和明・監修、著)【編集・執筆】山と溪谷社2019年12月5日
野生動物などの観察ツアーおよび情報発信の現状と今後の可能性の検討(調査レポート)【共同執筆】公益社団法人日本山岳ガイド協会2020年3月
山歩のひと田中幹也『山歩みち』36号2020年10月30日
雪崩事故事例集日本における雪崩事故30年の実態と特徴(出川あずさ・著)【編集】山と溪谷社2021年1月5日
「クラシックルート」に関するワンゲル的考察『ワンダーフォーゲル』157号2021年4月1日
大学山岳部のいまコロナで浮き彫りになる課題と学生主体の新しい動き『ランドネ』118号2021年5月24日
図書紹介尾上昇・著『追憶のヒマラヤ
―マカルー裏方繫忙録一九七〇』
『山岳』116号2021年8月31日
山歩のひと江本嘉伸(前編)『山歩みち』38号2021年8月31日
山岳ガイド資格に新資格が登場可能性と展開『山歩みち』38号2021年8月31日
山歩のひと江本嘉伸(後編)『山歩みち』39号2021年12月3日
日本人とエベレスト【共同執筆】山と溪谷社2022年3月1日
新・高みへのステップ1部~3部【編集協力】国立登山研修所2022年3月25日
山歩のひと三宅修『山歩みち』40号2022年5月20日
来し方行く末松田宏也『山と溪谷』1056号2022年10月1日
  • URLをコピーしました!
目次