特別企画展の案内:「植村直己・わが青春の山岳部」

近代スポーツの父・春日井薫:明大山岳部に刻んだ情熱と教育理念

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春日井薫の肖像。画像出典:明治大学デジタルアーカイブ

– 近代スポーツ発祥の地イギリスから学んだ「体育会の父」-

 初代の大谷美隆部長に次いで2人目の大学先輩である春日井薫(かすがい かおる)先生が、第5代山岳部長として就任する。先生は1923(大正12)年4月からアメリカのシカゴ大学、コロンビア大学、そして、イギリスのケンブリッジ大学に留学する。3年間の留学生活を終え1926(同15)年5月に帰国、明治大学商学部助教授となる。

 春日井先生は体育会の様々なクラブの部長や顧問を担当、ご自身も文武両道に優れるスポーツマンであった。殊の外“学生スポーツ”には深い理解を持ち、「明大体育会の父」と言われた。その背景には、留学したアメリカやイギリスで大学スポーツの隆盛を肌で感じる実体験があった。とりわけ近代スポーツ発祥の地イギリスでは、様々なスポーツに打ち込む学生の姿を見て、英国の騎士道精神を学んだようだ。

 先生は、山岳部長に就任する5年前に発行された『炉辺』第4号(1927年12月発行)に、「アイルランドの山の憶ひ出(おもいで)」という一文を寄稿している。根っから野山を歩くのが好きだった春日井先生は、山岳部の機関誌への寄稿が縁となり、部長就任につながったと思えてならない。

 春日井先生は学力だけでなく、体力も併せ持つ学生を育てなければならないという強い信念から「駿台あるこう会」を設立する。先生の教育理念に基づいて設立されたこの会は、教授とゼミ学生との交流の場となった。三木文雄は「春日井先生は、英国留学から帰られたところで、私は銀行論の講義を受けました。先生はハイキングの好きなお方で、休日には鎌倉方面へも学生を連れて行かれました」と回想している。この「駿台あるこう会」が1936(昭和11)年、「明治大学ワンダーフォーゲル部」と改名する。

 先生が部長退任後に発行された「炉辺会会報」3号に「ロック・ガーデン」と題する一文を寄せている。その中に「真の山男は、山の尊厳に凡てを委ねさる。これが我等の心持である。西洋流のアルピニズムは山から何を求めんとする。甚だしきは『山を征服する』等と言う言葉を使い、そんな気持ちで山に接している。結果はともかく、心は大変な相違である」と述べている。先生は山と対峙するような外国の登山思想ではなく、山に謙虚に向き合う姿勢を持ちなさいと、自然を敬う登山を標榜した。

 この会報の巻末に「会員消息」の欄があり、当時の炉辺会員が春日井先生の近況を次のように書いている。「春日井薫 まだ先生はお若い。35歳なり。それで米国などで勉強され、山も歩いて来られたのだから、羨ましい。今度学校の都合で部長をやめられたが、我ロバタ会員なりと自負を持って居られるところ、会員は意を強ふすといふべし。ゴルフには相変わらず熱心なり」とある。この中に「今度学校の都合で部長をやめられた」という一節がある。春日井先生は大学から渡米要請が出て、急きょ、山岳部長を辞めざるを得なかったのである。わずか1年という短い期間ではあったが、先生の心の中に“山岳部長=炉辺会員”という誇りを持ち続けていただいた。上原一郎は「春日井先生は、常にご自分の考え方を明確に表現され、教育をはじめ経済、金融についても、また山やスポーツに対して誠に歯切れのよい一家言をお持ちでした」と述懐している。

 春日井先生は山ばかりでなく、スキーにもこだわっていた。1933(昭和8)年1月末に、山岳部員たちと一緒に越後湯沢と谷川岳のゲレンデに1泊2日のスキー練習に赴いている。また、学部の卒業試験が終わる2月になると、必ずスキーに向かった。これはご自身のスキー上達のためではなく、教育上の理由からだったという。その訳は「スキーをすると、頭を下げることを覚える」という信念からだった。その心は「大学を出ても頭を下げることを知らなければ、社会に出ても一人前にはなれない。ましてや、商学部の学生は頭を下げることを覚えないと商売に失敗する」という教えだった。春日井ゼミでは「卒業論文を書いて単位が全部とれても、スキー訓練に参加しなければ卒業させない」という暗黙のルールがあったという。まさに人材育成にスポーツの良い面を取り入れ、指導する教育者であった。

 春日井薫先生は1981(昭和56)年2月10日、急性心不全で逝去する。享年81。この年、明治大学創立百周年を記念する「明治大学エベレスト登山隊」が世界最高峰に出発する直前だった。残念ながら、春日井先生の墓前に吉報をお届けすることはできなかった。

 山岳部長としてのお付き合いは1年と短かったが、部長を辞してからも学内で、また、社会に出てからもお世話になった部員は数多い。

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