特別企画展の案内:「植村直己・わが青春の山岳部」

廣瀬 学(平成2年卒)- 世界最高峰からハイビジョン撮影に成功

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 海外の山々を駆け巡ってきた廣瀬学は、1992(平成4)年春、日本放送協会(NHK)に入局する。長い学生生活を終えて社会人となった彼は、最初の赴任地が札幌放送局となり、初めての仕事に戸惑いながらも、ディレクター生活をスタートさせた。

 1996(同8)年夏、廣瀬は東京の本局に戻る。翌年、炉辺会はチョモランマ以来6年ぶりの明治大学マナスル登山隊(隊長:三谷統一郎)を派遣する。ようやく仕事に慣れた彼は、母校の海外遠征隊に参加すべきか、仕事を優先すべきか悩んだ末、30歳という人生の節目と参加を決意する。このマナスル登山で、彼自身初めて8000m峰に登頂する。

 この遠征でビデオとスチールの撮影を担当した廣瀬は、記録係としての検討に「記録という一見地味な仕事は、登山終了後にその本領が現れるものだけに、登山期間中はどうしても疎かになりがちである。今回の登山では、当初考えていたことの大半は達成できたと思うが、もう少しの工夫でより充実した記録を残せたはずである。今回の反省を今後に生かしていきたい」と記した。

 マナスルから帰国した廣瀬は、ひとりの冒険家・大場満郎氏の極地旅行に惹かれていく。大場氏は2000(同12)年4月から「北極磁をめざす第1回冒険ウォーク2000」をスタートさせた。北極圏を歩きながら環境教育の一環として氷河や氷山、野生動物などを観察する冒険ウォークに同行取材、10月にドキュメンタリー番組として放送した。

 2000(同12)年、NHK富山放送局に異動すると、北アルプスに近い職場となり、剱岳や立山に通いながら、雄大な自然や山岳警備隊の奮闘ぶりなどを番組化する。2002(同14)年、黒部・剱沢の奥にある〝幻の大滝〟を撮影するプランを立て、黒部全支流踏査を実践した写真家の志水哲也氏とともに、2週間にわたるロケを敢行する。

 再び本局に戻った廣瀬は2007(同19)年、山野井泰史・妙子夫妻と、北極圏グリーンランドにある無人島・ミルネ島の大岩壁を舞台に、冒険的なクライミングの様子を番組化する。1300mの大岩壁登攀を通して、夫婦のクライミングを描き出した番組は、第34回放送文化基金賞の「テレビドキュメンタリー部門」本賞に輝いた。

 2年後の2009(同21)年には、番組取材でペルーの最高峰ワスカラン(6768m)に登頂、熱帯地域の森羅万象を撮影した。そのころ廣瀬は、当時最先端のハイビジョン・カメラで世界最高峰を撮影し、その映像を茶の間に届ける企画に取り組んだ。

 着々と準備を進めていた2011(同23)年3月11日、東日本大震災が発生、本局は震災報道に追いまくられる日々となる。エベレスト企画は水泡に帰すかもしれないと諦めていたところ、決行となる。

 2011年4月、登山装備と撮影機材が5300mのベースキャンプ(BC)に集結、廣瀬は番組ディレクター兼登山リーダーという立場で4月23日、BCを出発、4名の撮影スタッフとともに約1ヶ月の登山期間に入った。高度順化を行いつつ撮影を進めていくが、途中、登山家・尾崎隆氏の遭難という悲しい出来事も起こった。

 登山開始から28日目の5月20日、アタックのためBCを出発。再び上部キャンプを目指し、23日、強風が吹く中、サウス・コルの最終キャンプに入った。翌24日午後10時、ヘッドランプで照らしながら、標高7900mのサウス・コルを出発する。

 日付が変わった25日2時50分、8500m地点に到達。午前5時、昇る朝日がまぶしくエベレストを照らし、撮影班は世界の屋根に輝く日の出をカメラで撮った。空が明るくなった午前7時、エベレスト山頂に近い南峰に到達。そして午前9時30分、廣瀬は4名の撮影スタッフとともに南東稜からエベレスト頂上に立った。

 早速、頂上でカメラのセッティングなど準備をするが、高所での動作はノロノロとなってしまう。世界最高峰の頂は滞在するだけで体力を消耗する場所で、撮影スタッフは酸素マスクを外してカメラを回し、長時間滞在しなければならなかった。大型のハイビジョン・カメラをゆっくり回しながら360度の大パノラマを撮影、世界最高峰での高精細ハイビジョン撮影に成功する。

 このときのことを廣瀬は 「エベレストの頂上って、いればいるほど危険な場所なんです。有名な登山家の言葉で『平地に比べて、何をするにせよ10倍の早さで時間がたつ』というのがあるんです。今回はそれを実感しましたね。とにかく時間の感覚がなくなって、気づいたら1時間半もいたという感じです」と述懐している。

 下山に入ったとき、この滞在時間の疲労がボディブローのように苦しめた。こうして身を削りながら撮影した映像は翌2012(同24)年1月2日、NHKスペシャル「エベレスト~世界最高峰を撮る~」として放送された。

 続いて同じ2012年に廣瀬は、プロの登山家・竹内洋岳氏が8000m峰14座完登に挑む番組を制作する。無酸素、単独で世界第7位の高峰ダウラギリⅠ峰(8167m)に北東稜から登攀する竹内氏をカメラで追い、世界で29人目、日本人初の14座完全制覇の瞬間をドキュメンタリー番組として放送した。

 廣瀬学が制作した主なドキュメンタリー番組は、極限の世界で格闘する人間ドラマとして視聴者に届けられた。彼には山岳部と海外遠征で感動した山の魅力を、テレビ・メディアを通して広く伝えたいという熱い使命感があった。

2011 (平成23) 年5 月25日、エベレスト山頂からのハイビジョン撮影に成功、記念写真に収まる撮影クルー。右端が廣瀬会員
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〈主な山岳関連制作番組〉

  • NHKスペシャル「北極圏700キロを歩く~冒険家 大場満郎と若者たち~」
    ――2000(平成12)年10月放送
  • ハイビジョン・スペシャル「黒部 幻の大滝に挑む」
    ――2003(平成15)年12月放送
  • にんげんドキュメント「山岳警備隊 奮闘す~北アルプス・立山連峰~」
    ――2004(平成16)年10月放送
  • 美しき日本 百の風景「氷雪の山に光射す~富山・立山連峰~」
    ――2005(平成17)年4月放送
  • ハイビジョンふるさと発「霊峰に生きる~富山・立山連峰~」
    ――2005(平成17)年7月放送
  • NHKスペシャル「夫婦で挑んだ白夜の大岩壁」
    ――2008(平成20)年1月放送
  • プレミアム8「グレートサミッツ ワスカラン~熱帯の最高峰~」
    ――2010(平成22)年4月放送
  • NHKスペシャル「エベレスト~世界最高峰を撮る」
    ――2012(平成24)年1月放送
  • NHKスペシャル「ヒマラヤ8000m峰 全山登頂に挑む」(竹内洋岳)
    ――2012(平成24)年12月放送
  • NHKスペシャル「幻の山 カカボラジ~アジア最後の秘境を行く~」
    ――2015(平成27)年4月放送
  • 中部ネイチャーシリーズ「北アルプス 雲上の桃源郷~日本一の峡谷 黒部を行く~」
    ――2019(令和元)年10月放送
  • 中部ネイチャーシリーズ「立山カルデラ~崩れる大地に挑む~」
    ――2020(令和2)年11月放送
  • 中部ネイチャーシリーズ「白山~祈りの道をたどる旅~」
    ――2021(令和3)年11月放送
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