特別企画展の案内:「植村直己・わが青春の山岳部」

原田暁之(平成2年卒)- 山の地形研究を通じパイオニアワークを実践

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 原田暁之は1986(昭和61)年4月、明治大学文学部史学地理学科に入学、同時に山岳部に入る。参加した白馬岳での新人合宿で、当時、山岳部長であった小疇尚先生から氷河地形などについて、現物を見ながらの講義を受けた。このときの鮮烈な印象が、彼のその後の人生を大きく決めることになる。

 原田の心の奥底には、「未踏の美しい山にソロで、あるいは何かしらのパイオニアワークを実践したい」という願望を持っていた。しかし、“登山”の世界にはもはやそのような理想を追求できる場所は少なく、できたとしても必要以上に困難な課題に向かわざるを得ないとも感じていた。

 こうした自己矛盾を抱きつつ、合宿などで歩きながら山そのものを観察し、各種の地形やその成因などについて「これはまだ誰も認識していないのではないか」という発見に、喜びを見出していった。

 そんななか、大学3年時の自主研究で、積雪が多い山地の斜面に見られる雪崩道に特有の地形を調査する目的で、越後山脈へ行った。その際、雪崩道とは別に多数のガリーが存在することを見出した。そのガリーは、合宿などでこれまでに見てきた山々のそれとは分布する密度や形態が異なり、比較的標高が低い多雪山地に特有であることに気が付いた。

 その後、このガリーは「筋状地形」という名称で、数年前に国土地理院により初めて定義されたものであることを知った。しかし、その国土地理院の報告では、成因を全層雪崩によるものとしていた。一方、原田の観察では、主な営力は融雪水とグライドなどであって、全層雪崩は主要因ではないと彼は考えた。

 このようなことから、卒業論文でそのガリーの形態的特徴、修士論文で分布と成因について論じた。この研究結果については日本地理学会で口頭発表し、また、共著の書籍として残すなどしているが、ソロで査読付きの論文としては、いまだに発表していない。本人としては、成因を明確に論じるためのフィールドのデータ、分布を論じるための全国の分布データ(GIS情報含む)ともに不足しているためとしている。これらについては生活が落ち着いてきた最近になって、地温計や定点カメラの設置などによるデータ収集を数年にわたって行っており、今後の調査結果に期待したい。

 大学院を修了後、原田は建設コンサルタントとして、主に土砂災害の防止に関する仕事に従事している。土砂災害は、斜面崩壊、土石流、地すべり、火山噴火など土砂移動に伴う災害で、そこには必ず地形の変化が伴う。つまり、地形とその材料を見れば、過去にどのような土砂移動があったのか、今後どのような種類、規模の災害が発生し得るのかが分かるという。

 近年、自然災害が増加し、一例としてハザードマップが一般に認知されるようになったが、その作成には地形を読み解く力が必要となっている。現在、原田暁之は技術士、応用地形判読士などの資格を取得し、独立して会社を設立、日々活躍している。

 山を相手にする、生涯を通した息の長いパイオニアワーク。本人曰く、「まだまだこれからです!」とのこと。

2022(令和 4 )年 4 月、六日町丘陵・十二峠付近にて、融雪期のガリー内部の状況を調査する原田会員
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