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SANSAI ONLINE ラーマンゾム登山隊2024【川嵜摩周】

 川嵜摩周会員は、自身が所属するクライミングチーム『山菜採りオンライン』のチームとして、パキスタンの険しい山域で未踏のルートに挑んだ。標高6,350mのラーマンゾム西壁では、誰も成し得なかった西壁ルートを切り開き、その勢いのまま、標高5,709mの未踏峰シヤコゾムへの初登頂も果たした。

目次

ラーマンゾム西壁6,350m

ラーマンゾム西壁6,350m(標高差1,100m)

ラーマンゾムとの出会い

 昨年、アルパインクライミングチーム「山菜採りオンライン」を結成した。メンバーは大学山岳部の同期で、私と農大卒の橋本哲(テツ)、信州大卒の河内晧亮である。

 3人には共通のGoogleアカウントがあり、Googleアースには過去登られたライン、トライだけされて残されたライン、魅力的なラインをメンバーが調べてきては思い思いに記録している。古い報告書や海外の雑誌などで見つけてきた壁の写真なども撮影地点を特定して地図上に貼り付けてある。

 そうしているうちに、ここは面白そう、という山域は自然と浮かび上がるように見えてくるのだが、それがブニゾムグループだったというわけだ。主峰のブニゾム(6551m)は最近ギリシャチームが南壁からトライしたが、未踏のまま残っており、ヘッドウォールが威圧的な垂壁を持つ東壁も未踏。

 対岸のゴールドハンゾム(6240m)は過去に法政大が登っているものの、南面の壁は未踏のまま。そして、今回、400mもつづくアイスがあり、1100mの標高差を持つラーマンゾムは未踏の西壁に目標を定めた。

 ネット上には写真がなく、情報はGoogleアースの衛星画像のみだった。しかし、1995年に北大隊でブニゾムノースに登頂されたOB斎藤さんにだめもとで連絡してみたところ、もしかしたら写真があるかもしれないというお返事を頂き、札幌の自宅まで伺わせていただいた。

 斎藤さんが8月にブニゾムノースから撮影した写真にははっきりとラーマンゾムの西壁が映り込んでおり、そこに写るアイスはギリギリつながってはいなかった。

 写真と報告書をお借りし、東京に戻ってきたあとは、過去の平均気温と降水量、付近の山での降雪量を分析した。衛星画像も過去50年分遡って時間経過をプリントアウトした写真で見比べてみた。

 はっきりしたことは分からないが、今年なら7月の2週目あたりにトライすれば登れるかもしれない、と仮説を立てて当初7月に出発予定だったスケジュールを前倒しして、6月に日本を発った。

キャラバン

 昨年のネパール遠征では腹の不調、高度障害といったトラブルはほぼなかった。一方、今回は気を付けていたつもりだったのだが、散々な目にあった。

 BCまでのキャラバン自体はとても短く、バス1日、ジープ1日、歩き8時間というアプローチの近さ。しかし、パキスタンの慣れない暑さで熱中症になりBC到着翌日に40度の高熱をだした。

 村まで戻って療養したところ、次の日には完全に回復したのだが、テツが村の食事にあたり、下痢に嘔吐で寝込んでしまった。

 これであれば食べられるかもしれない、と村の人がマンゴーを切ってくれた。テツはそれも食べられない様子だったので私がすべて食べたのだが、そのマンゴーが暑さで傷んでおり、食べた直後から下痢に嘔吐、翌日は私が寝たきりの状態になった。

ラーマンゾムと対面

 2人とも8割以上体調が回復したので再びBCへ戻ってきた。そしてBC入の翌日から壁の基部に向けて高度順応兼偵察に出かけた。BCからもラーマンゾムの姿は見えないので、本当に山は存在しているのか、不安になってくる。BCからガレガレのモレーンを登りきってやっとその姿を遠くに確認することができた。

「本当にあるんだな」

 実際に見たラーマンゾムは写真とも衛星画像とも印象が違っていた。とにかく格好いい山だった。そして日本で散々山のコンディションを分析していた私たちは南面の雪のつき具合と対岸のブニゾムのコンディションから、かなりいい時期に来たと感じていた。

 結局初日は取付までたどり着けず、ラーマンゾムの南面でテントを張った。日記に「ここに宝が埋まっている」とだけ記して、まだ見ぬ西壁に思いを馳せた。

初めて姿を見せたラーマンゾム

 翌日、南壁の基部までたどりついた。ここから西面に向けてすこし小高い丘になったモレーンを回り込んでいく。一歩進むごとにその分だけ新しく姿を見せる西壁ははじめ絶望的に難しく見えた。2人で苦笑いをしながらそれでも歩き続けた。1時間ほど進んだところで2人は歓喜の叫びを上げていた。

「登れるぞ!!」

 写真でも衛星画像でもつながっていなかったアイスが山頂まできれいに繋がっていた。コンディションの読みは恐ろしいほど当たった。あとはやることをやるだけだ。

キャラバンの途中で見えたアウィゾム

サミット

 4日レストをはさんで(天気が悪く出発できなかった)、7月14日にBCを出発した。もちろんここには2人きりなのでだれも見送ってくれる人はいない。

 歩き慣れたズタズタのモレーンを進み、偵察で2日かかった道を5時間半で登り西壁基部にテントを張った。

 翌日はまだ暗いなか壁へ向かう。壁が近づいてくるにつれ、緊張と興奮が高まる。そして、壁に取り付いてアックスを打ち込み、一歩立ち込むと不思議と緊張は収まり、落ち着く。久しぶりに感じたアックスが氷に刺さる振動と音が心地良い。

 登り始めてすぐに南面から日の光が差し込んでくる。暗かった氷河が少しずつ見え始め、初めて高度感に気づいた。

 アイスの氷結はとてもよく、適度にセルフジャミングプーリーを付けながらコンテで登っていく。途中2ピッチはスタカットに切り替えて、今日の目的地であったビバークポイント(取り付きから400m登った地点)には壁に取り付いて3時間ほどで到着した。

 まだ時間があったのでその先の雪壁セクションに入る。こちらは意外と悪く、支持力の無い雪にある程度傾斜のある雪壁で緊張する箇所も出てくる。クライマーズライトの岩には摂理があったので適度にカムを決めながらコンテで登り続けた。

 頂上稜線は近いと頭では分かっているのだが、一向に見えてこない。後ろではテツがうずくまって頭を雪につけている。2人とも村で体調を崩していたせいか、かなり体が重たい。

ラーマンゾム頂上付近からテント場を望む

 雪壁セクションに入ってから直射日光に照らされているため、暑さで頭がくらくらしてくる。稜線が近づき、傾斜が緩んでくると、膝ラッセルになった。

 何も考えずひたすら雪をこぎ続けた。遠くに見えていた雪庇がゆっくりと近づいてくる。頂上稜線に立ち、すぐ近くに頂上が見えたとき、まだ登っていないが達成感を感じた。

 稜線にテツを迎え、握手を交わす。雪面を削り、テントを張ってから空荷で山頂を目指した。

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ラーマンゾム頂上稜線を行く橋本
ラーマンゾムの頂上
ラーマンゾム頂上(ドローン撮影)

  BCに向けてこのまま下ってしまいたかったが、次なる山に向けて順化すべく、山頂の肩で泊まった。といっても寝たと思ったらうなされ、何度も起き上がった。起き上がると向かいではずっとテツが体育座りをしている。2人とも急に標高を上げたせいか、高度障害でほぼ寝られず長い夜を過ごした。

 翌朝、極寒の西壁を同ルートからクライムダウンで下山開始した。最後のアイスは懸垂とクライムダウンでスピードを上げて黙々と下っていった。

 灼熱の氷河に降り立ち、ようやく達成感を感じた。記念写真を撮り、もう見ることの無いかもしれない美しい山々を目に焼き付けながら、今やガレているとも感じないほど歩き慣れたモレーンをかけ下った。

シヤコゾム北壁5,709m

シヤコゾム北壁5,709m(標高差1,900m)

シヤコゾム

 現地の言葉で「樹氷」の意味を持つシヤコゾムにはBCへのトレッキング中に初めて出会った。初めてその北壁を見たとき、2人そろって声を上げた。

「こんなところ、いつか登れるようになりたいね」

 数年後、経験を積んだ頃に戻って来てもいいと思うほどこの壁に一目惚れした。シヤコゾムはBCから眼の前に見える。BCでの生活中常に視野に入るので、暇さえあれば双眼鏡でルートを探した。結局見続けても私たちの実力では壁の半分までも行ける気がしなかった。

 ラーマンゾムに登頂したとき、2人でシヤコゾムの壁に見とれていたのを覚えている。ラーマンゾムからBCへ向けて下る途中も何度も足を止めてぼーっと壁を見た。

 BCに帰ってきてからは、シヤコゾムにトライすることしか頭にはなかった。朝から晩まで壁をみてはセラックのフォールラインとアイスの氷結具合、下部の懸垂氷河の変化を追った。レスト2日目からは壁を見なくてもルートの打ち合わせをしていた。

懸垂氷河を登りきった先のテントサイト

サミット

 BCで夕食を済ませ、西日に照らされながら私たちは谷を下っていった。1時間ほど歩いて壁の基部へテントをはった。

 雪もなく平和な草原が広がっていた。明日からいよいよ垂直の壁に取り付くことになる。緊張で少し寒気がしたが、テツといるとなんとかなる気がしてくる。

シヤコゾムへの渡渉

 翌日、まだ暗い中、下部の懸垂氷河へ向けてガレ場を詰めていく。いよいよ山の懐に入っていくと私たちは垂壁と懸垂氷河に囲まれ、ひんやりとした空気に包まれた。

 下部の懸垂氷河はプロテクションを取りながら極力コンテでスピードを上げる。しかし、傾斜が強い部分も出てくるので、ピッチを切り垂直のアイスクライミングになることもあった。

 懸垂氷河をほぼ垂直に登り切ると、ズタズタの氷塔が広がっていた。目を凝らしてギリギリ渡れる場所をそっとわたっていく。氷河は奇跡的につながっており、無事にプラトーへ抜けた。ここより上部では泊まれる場所はなさそうだった。

 この日はプラトーでテントを張り、地面は平らだが落石とセラック崩壊の爆音にまったく気の抜けない一夜を過ごした。

シヤコゾム懸垂氷河上部の氷塔

 壁に取り付いて2日目、ついに垂直のミックス帯が始まった。ところどころアイスがきれいに繋がっている箇所はコンテで距離を稼いでいく。傾斜はまだそこまできつくなかったが、アイスがとにかく固く、思いきり蹴り込まないとスタンスが抜けそうになる。

 ジリジリ高度を上げていくと、いよいよ核心である50mの氷爆に達した。グレードにしてWIⅣ+~Ⅴ-くらい。ここは私がリードを譲ってもらい、落ち着いて超えていく。

シヤコゾムの氷爆(川嵜)

 そろそろどこかでビバークができる場所を探したかったが、腰をかけて休めるような場所はどこにもなかった。

 まだまだ山頂に向かってアイスとミックスの壁が続いているように見える。テツと一旦話し合う。といっても、話し合いは一言で終わった。

 「どうする?」と聞くと、テツが「今日満月だったよね」。「登ろう!」。

 19時30分、沈みきっていない太陽に薄暗く照らされる中、私たちは頂上稜線に続く西壁上のリッジに出た。リッジとはいえ、アイスになっており、ヘッドライトを頼りにコンテでアイスを登り続けた。トップで登るテツの姿は見えないが、遠くで唸り声か悲鳴のような声が絶えず聞こえてくる。

 2時間ほどするとテツの声は静かになり、ヘッドライトの光がこちらに向けられた。私もヘッドライトの明かりで応じる。ロープがゆっくりと引かれ始め、私はテツの待つ頂上稜線へ這い上がった。

 すぐに、あの唸り声は雪庇を崩していたときのものだったと分かった。そこには身長以上のトンネルが出来上がっていた。

 稜線に出て初めて満月に照らされた2人は固い握手を交わした。月明かりであらわになった山頂までの道はとても険しく切れており、遠い場所に感じた。無意識に2人してため息が漏れたのを覚えている。

 翌朝、1日かけて頂上まで向かおうと意気込んで出発したのだが、30分ほどであっさりと山頂に到達してしまった。切れているように見えた部分には近づくとちょうど硬い雪がつながっており、うまい具合に道ができていたのだ。

 山頂からはラーマンゾムがはっきりと見えていた。それから、ブニゾムグループがすべて見え、ファルガム村と麓の草原が広がっていた。景色に見惚れるのもつかの間、すぐに下山開始した。

 今回は下山が核心だと思っていたので、気が引き締まる。西稜をコルまで下る予定で進んでいったが、稜線は積み木のような不安定な岩とクライムダウンができないようなナイフリッジで、すぐにプランを変更した。上からラインを見極めて、北西壁をダイレクトに懸垂するプランに変更した。

 懸垂中は落石がやまず、岩陰に隠れながら、淡々と高度を下げていった。途中から天気が悪化し、ホワイトアウト状態の中、手探りで支点をつくり、慎重に下っていった。下のプラトーまで降りたとき、ようやく草原が近くに見えてきた。ここで一度休憩し、下部の懸垂氷河を縫うようにクライムダウンしてモレーンへと降りていった。

 ガレ場を慎重に下りきり、平らな草原へ降り立った。あたりを放牧された牛がうろついており、突然現れた客人に興味津々でよってきた。牛たちをかき分け、私たちは遠くにみえる黄色いゴアライト目指して一直線に歩いていった。

 3日ぶりのキャンプサイトにたどり着くと小川に口をつけて水を飲み、テントに転がり込んだ。もう何もしたくないほど疲れていたが、今までに感じたことのないほどの充実感を感じていた。

 夜、テントから顔だけ出して星を見ていた。達成感に浸ると同時に、次はもっと大きい山に行きたいと思った。もっと難しい山に登りたい。もっと厳しい環境で登山がしたい。

 来るときに見たティリチミールを思い出し、あんなに美しくて大きな山に登れたらどんな気持ちになるのだろう、と想像してみた。まだ具体的に想像はできなかったが、私は心から、もっと強くなりたいと思った。

BCからシヤコゾムと隣の未踏峰

ギャラリー

動画 – Youtube チャネル『山菜採りオンライン』より

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この記事を書いた人

川嵜 摩周

  • 2023年卒部
  • エンジニア

<来歴>
1999.11 愛知県名古屋市生まれ/北海道で生活
2015.03 北海道札幌南高等学校卒業
2018.04 大阪大学工学部応用自然学科中退
2019.04 明治大学山岳部に入部し登山を始め、大学2年生から3年間主将を務める。
2023.07 アルパインクライミングチーム『山菜採りオンライン』結成

2023.07 日光国立公園マウンテンランニング大会Ritz-Carlton日光とのコラボPVの編集を担当
2023.09 明治大学政治経済学部経済学科卒業
2023.10 ネパールヒマラヤの未踏峰Anidesh Chuli(標高6,960m)に挑戦
2023.11 第7回 モンベル フォトコンテスト 優秀賞受賞
2024.01 アウトドアガスブランド『EPIgas』よりサポートを頂いて活動開始
2024.04 就職(エンジニア)
2024.07 パキスタンのヒンドゥークシュ山脈、ラーマンゾム西壁(6350m)初登攀、シヤコゾム北壁(5709m)初登頂

2024.11〜 ミレーアンバサダー

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